2005年04月
2005年04月29日
at 21:34 Permalink
夏日!メーデーに参加。
あづいっ。
ニュースを見れば30度って、おい・・・。
さてさて、まぁゴールデンウィークの初日
ということで毎年恒例のメーデーに参加。
働く者の祭典ということで
お子様連れの家族に向けた
イベント的な要素が強い。
いつもお世話になっている皆さんから
「もう、折り返しなんだから
選挙を意識した動きを
きちんとやりなさい!」
といつもより厳しめのお叱り。
・・・・はぃ。
ニュースを見れば30度って、おい・・・。
さてさて、まぁゴールデンウィークの初日
ということで毎年恒例のメーデーに参加。
働く者の祭典ということで
お子様連れの家族に向けた
イベント的な要素が強い。
いつもお世話になっている皆さんから
「もう、折り返しなんだから
選挙を意識した動きを
きちんとやりなさい!」
といつもより厳しめのお叱り。
・・・・はぃ。
│
2005年04月28日
at 23:57 Permalink
電車事故で多事争論。
電車事故の犠牲者が100人を超えた。
お亡くなりになった方のご冥福を祈りたい。
また。残された遺族のお気持ちを考えると
言葉にならない
この事故のニュースは
僕には数年前の東海村のJCO臨界事故
のニュースとだぶってみえる。
あの東海村の事故の時、なぜ作業員は
危険をわかりながら、
ウランを金バケツで注ぎ込む作業を
続けたのか。
今回の事故で、なぜ運転手は
危険をわかりながら
100キロを超えるスピードで
カーブに突っ込んでいったのか。
「作業の効率と生産性」
「一分三十秒の遅れを取り戻した、定時運行」
それらは多くの犠牲を伴うような
人命をかけてまで守らねばならないほど重要な
この時代の、この社会の価値なのか。
この種の価値が、戦後日本をここまで築いた
その土台となっていることは否定しない。
しかし、それらの価値観の行き着くところに
人間の存在はないのではないか
そのことについて
私たちは気づくべき時がきているのではないだろうか。
DEMEZOの多事総論でした。
お亡くなりになった方のご冥福を祈りたい。
また。残された遺族のお気持ちを考えると
言葉にならない
この事故のニュースは
僕には数年前の東海村のJCO臨界事故
のニュースとだぶってみえる。
あの東海村の事故の時、なぜ作業員は
危険をわかりながら、
ウランを金バケツで注ぎ込む作業を
続けたのか。
今回の事故で、なぜ運転手は
危険をわかりながら
100キロを超えるスピードで
カーブに突っ込んでいったのか。
「作業の効率と生産性」
「一分三十秒の遅れを取り戻した、定時運行」
それらは多くの犠牲を伴うような
人命をかけてまで守らねばならないほど重要な
この時代の、この社会の価値なのか。
この種の価値が、戦後日本をここまで築いた
その土台となっていることは否定しない。
しかし、それらの価値観の行き着くところに
人間の存在はないのではないか
そのことについて
私たちは気づくべき時がきているのではないだろうか。
DEMEZOの多事総論でした。
│
2005年04月27日
at 22:35 Permalink
ノーマライゼーション・・・。
朝から文教福祉委員会。
陳情請願を審議した後に市内の視察へ。
双葉台小学校
新荘小学校
くれふしの里(旧内原)
内原保育園建設予定地
義勇軍記念館
を駆け足でめぐってきた。
特に内原については、合併はしたものの
いったことのない施設、地域もあるわけで
とてもありがたい機会となった。
満蒙義勇軍の記念館については
当時内原に全国唯一の訓練所があり
この場所から満州の開拓のために
8万人余にものぼる少年たちが旅立っていった。
その最後の義勇軍となられた方が80歳を越えた
今もボランティアとして説明員の役割を
果たしてくださっている。
「私たちは希望を持って旅立ったんです」
そう目を輝かしておっしゃる姿が印象的。
こういう方々がご存命のうちに
私たちは当時の記憶を蓄積しておく必要がある。
それについて個々人が、社会が
どう判断をするかはまた別次元だ。
小学校では知的障害、情緒障害児の教育について
特殊教育学級の様子と、普通学級での統合教育の様子を
視察をさせていただいた後、学校の先生がたと懇談を行った。
ノーマライゼーションは厚生労働省を中心に、
障がいを持った人も、そうでない人も一緒に生活できる環境
を求める理念として推進されている。その延長線上にある
統合教育は障がいを持つ子にとっても、持たない子にとっても
同じ場に、仲間として存在することによって
「施し」を基礎とした人間関係ではないものを築いていくための
教育上の意義がある。
学校現場においても特に保護者の方々の要請によって
学級支援ボランティア制度を活用しながら、また母親などに
付き添われながら障がいを持った子供たちが普通教室で
学んでいる。また、ボランティアがつけられない部分については
クラス担任がその学習補助を行う事となる、先生方のご苦労には
頭が下がる。
ボランティアの確保を始める人的支援、財政支援、制度拡充等は
政治の責任においてしっかりと対応をしていかねばならないと思う。
(教育的側面からは、個人のサポートも重要だが
それと同様にクラス全体のサポートであることが望ましいとおもう)
ただ、その一方で当事者である児童本人にとって
本当はどちらがいいのかということについてはしっかりと
慎重に考える必要があるのではないかと感じざるを得なかった。
「みんなとおなじ」というその気持ちや理念はよくわかる。でも
その子の周りだけ授業の内容とはまったく関係のない空間が
広がっていたりする状況は、その子にとって本当にプラスなのか?
個人の理解力、能力に応じたきめ細かなケアと学習プログラムが
必要なのではないかと率直に思う部分もある。
重要なのはバランスなのだろう。
そしてまた、例えば養護学校や特殊教室に入級したとしても
その後、普通学校や普通教室に移動することも可能とする
柔軟性のあるシステムでもあるだろう。
ノーマライゼーションの理念とはすなわち
違いのあるものをひとつの型に押し込めるのではなくて
違いがあるもの同士、その違いを認め合うということであるはず。
そのための手法は未だ模索中といったところか。
難しい問題。
陳情請願を審議した後に市内の視察へ。
双葉台小学校
新荘小学校
くれふしの里(旧内原)
内原保育園建設予定地
義勇軍記念館
を駆け足でめぐってきた。
特に内原については、合併はしたものの
いったことのない施設、地域もあるわけで
とてもありがたい機会となった。
満蒙義勇軍の記念館については
当時内原に全国唯一の訓練所があり
この場所から満州の開拓のために
8万人余にものぼる少年たちが旅立っていった。
その最後の義勇軍となられた方が80歳を越えた
今もボランティアとして説明員の役割を
果たしてくださっている。
「私たちは希望を持って旅立ったんです」
そう目を輝かしておっしゃる姿が印象的。
こういう方々がご存命のうちに
私たちは当時の記憶を蓄積しておく必要がある。
それについて個々人が、社会が
どう判断をするかはまた別次元だ。
小学校では知的障害、情緒障害児の教育について
特殊教育学級の様子と、普通学級での統合教育の様子を
視察をさせていただいた後、学校の先生がたと懇談を行った。
ノーマライゼーションは厚生労働省を中心に、
障がいを持った人も、そうでない人も一緒に生活できる環境
を求める理念として推進されている。その延長線上にある
統合教育は障がいを持つ子にとっても、持たない子にとっても
同じ場に、仲間として存在することによって
「施し」を基礎とした人間関係ではないものを築いていくための
教育上の意義がある。
学校現場においても特に保護者の方々の要請によって
学級支援ボランティア制度を活用しながら、また母親などに
付き添われながら障がいを持った子供たちが普通教室で
学んでいる。また、ボランティアがつけられない部分については
クラス担任がその学習補助を行う事となる、先生方のご苦労には
頭が下がる。
ボランティアの確保を始める人的支援、財政支援、制度拡充等は
政治の責任においてしっかりと対応をしていかねばならないと思う。
(教育的側面からは、個人のサポートも重要だが
それと同様にクラス全体のサポートであることが望ましいとおもう)
ただ、その一方で当事者である児童本人にとって
本当はどちらがいいのかということについてはしっかりと
慎重に考える必要があるのではないかと感じざるを得なかった。
「みんなとおなじ」というその気持ちや理念はよくわかる。でも
その子の周りだけ授業の内容とはまったく関係のない空間が
広がっていたりする状況は、その子にとって本当にプラスなのか?
個人の理解力、能力に応じたきめ細かなケアと学習プログラムが
必要なのではないかと率直に思う部分もある。
重要なのはバランスなのだろう。
そしてまた、例えば養護学校や特殊教室に入級したとしても
その後、普通学校や普通教室に移動することも可能とする
柔軟性のあるシステムでもあるだろう。
ノーマライゼーションの理念とはすなわち
違いのあるものをひとつの型に押し込めるのではなくて
違いがあるもの同士、その違いを認め合うということであるはず。
そのための手法は未だ模索中といったところか。
難しい問題。
│
2005年04月26日
at 01:21 Permalink
市街地再生について講演
新宿で関東近県のスーパー、デパートの関係者の方々約30名に対し
「商店街から始まる、人と街の新しい関係」というテーマで講演。
新宿駅から会場まで迷子になって皆さんにご迷惑をかけてしまった。
すんません・・・。ってか、こんな田舎もんが大都会で水戸の話しして
どうなんだろうなんて思ってみたり・・・。
とにかく、このために脳みそをとことんいたぶってきたわけで
頭蓋骨の中の白子やら雲丹やらをまぁ、会場にドバァと撒き
散らしてきた。
僕の話のポイントはたった二つ。
「市街地に人を戻すこと」「市街地を再びパブリックステージとすること」
街に関る人間の種類を増やすこと。すなわち従来の行政と商工会議所と
商店会とがまちづくりのアクターであったものに対して、ワカモノ、学生、
アーティスト、NPO、高齢者、生活者といったさまざまな人種が関る仕組みを
確立すること。愛着、アイデンティティ、帰属意識による人と街の命綱を創ること。
最近の市内の活力は市民によるゲリラ的な動きからでてきている。
要するに、街を舞台に遊べるか否かだ。
だからこそ、市民のやる気を応援し、
行政と市民の関係を思い切って変えていくことが突破口になる。
住宅政策も欠かせない。再開発の機会を十分に生かして良質な公営住宅を
市街地に作っていくことは重要だ。従来の住宅課などは市営住宅の管理などの
業務をこなしてきたに過ぎず、自らまちづくりの視点で住宅政策を考えたことが
ないのだと思う。
でも、社会福祉的な観点から、また憲法25条の要請に基づいて
「生活する場所」を提供する住宅政策が重要なのは言うまでもないが、
それと同時に
まちづくりの観点から政策的戦略的に住宅政策を行うこともこれからの時代は
必要になる。都心部に都会居住型の世代別のニーズに応じた良質な住宅を
提供することもまた重要になってくる。
中心市街地再生を商店街活性だけにその答えを求めると
失敗をする気がする。商業政策、住宅政策、環境政策、福祉政策
都市計画等々がひとつの方向性を共有しながら、ことにあたる必要がある。
経産省、国交省等からバラバラに振ってくる補助金
それにぶら下がる水戸市行政では縦割りの壁は拭えない。
「商店街から始まる、人と街の新しい関係」というテーマで講演。
新宿駅から会場まで迷子になって皆さんにご迷惑をかけてしまった。
すんません・・・。ってか、こんな田舎もんが大都会で水戸の話しして
どうなんだろうなんて思ってみたり・・・。
とにかく、このために脳みそをとことんいたぶってきたわけで
頭蓋骨の中の白子やら雲丹やらをまぁ、会場にドバァと撒き
散らしてきた。
僕の話のポイントはたった二つ。
「市街地に人を戻すこと」「市街地を再びパブリックステージとすること」
街に関る人間の種類を増やすこと。すなわち従来の行政と商工会議所と
商店会とがまちづくりのアクターであったものに対して、ワカモノ、学生、
アーティスト、NPO、高齢者、生活者といったさまざまな人種が関る仕組みを
確立すること。愛着、アイデンティティ、帰属意識による人と街の命綱を創ること。
最近の市内の活力は市民によるゲリラ的な動きからでてきている。
要するに、街を舞台に遊べるか否かだ。
だからこそ、市民のやる気を応援し、
行政と市民の関係を思い切って変えていくことが突破口になる。
住宅政策も欠かせない。再開発の機会を十分に生かして良質な公営住宅を
市街地に作っていくことは重要だ。従来の住宅課などは市営住宅の管理などの
業務をこなしてきたに過ぎず、自らまちづくりの視点で住宅政策を考えたことが
ないのだと思う。
でも、社会福祉的な観点から、また憲法25条の要請に基づいて
「生活する場所」を提供する住宅政策が重要なのは言うまでもないが、
それと同時に
まちづくりの観点から政策的戦略的に住宅政策を行うこともこれからの時代は
必要になる。都心部に都会居住型の世代別のニーズに応じた良質な住宅を
提供することもまた重要になってくる。
中心市街地再生を商店街活性だけにその答えを求めると
失敗をする気がする。商業政策、住宅政策、環境政策、福祉政策
都市計画等々がひとつの方向性を共有しながら、ことにあたる必要がある。
経産省、国交省等からバラバラに振ってくる補助金
それにぶら下がる水戸市行政では縦割りの壁は拭えない。
│
2005年04月24日
at 23:44 Permalink
結婚式ラッシュです。
土曜日、日曜日と結婚式。
来週も京都でまたまた友人の結婚式。
ほんとにまぁ、幸せラッシュだ。
丁度その年頃ということなんでしょう。
結婚式で嬉しいことはたくさんあるが
やっぱり懐かしい仲間と再会できる
ことほど嬉しいことはない。恩師の先生とも
敢えて嬉しさ三倍。懐かしさ10倍。
学年のアイドルが結婚すると
なんだかひとつの時代が終わったような
そんな気がするのは僕だけではないらしい。
男同士で肩を落とす・・・。
すでに結婚を済まし、人妻となった同級生たちから
「ちょっと、水戸は住みづらいよ!」と厳しいご指摘。
子育て支援や子づくり支援、女性の目から見れば
まだまだだ、働きながらじゃ無理だという話を
コンコンと。
同い年のお母さんからの声は響く。
今後、具体的に意見を聞くことにした。
どうも、ありがと。
来週も京都でまたまた友人の結婚式。
ほんとにまぁ、幸せラッシュだ。
丁度その年頃ということなんでしょう。
結婚式で嬉しいことはたくさんあるが
やっぱり懐かしい仲間と再会できる
ことほど嬉しいことはない。恩師の先生とも
敢えて嬉しさ三倍。懐かしさ10倍。
学年のアイドルが結婚すると
なんだかひとつの時代が終わったような
そんな気がするのは僕だけではないらしい。
男同士で肩を落とす・・・。
すでに結婚を済まし、人妻となった同級生たちから
「ちょっと、水戸は住みづらいよ!」と厳しいご指摘。
子育て支援や子づくり支援、女性の目から見れば
まだまだだ、働きながらじゃ無理だという話を
コンコンと。
同い年のお母さんからの声は響く。
今後、具体的に意見を聞くことにした。
どうも、ありがと。
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