2007年11月

2007年11月24日

日本人初の女性教師

黒澤止幾子先生。日本人初の女性教師。

水戸から北へ車で30分。城里町(旧桂村)錫高野の地に
その生家がひっそりとある。まさに知る人ぞ知る人、場所と
いったところだ。

1806年に生まれ、40代から山村の寺子屋で子供たちに
教育を施してきた止幾子。

1872年の学制発布の際には自宅を小学校とし日本初の
女性教師に任ぜられる。

一年後退職の後は、経済的に苦しくて村の学校に通えない
子供たちのために私塾を開設する。

「五月雨に 声ふりたてて ほととぎす
 錫の高野の 山にこそ鳴け」

今も残るさまざまな教育への逸話。
まさに教育者としてのその姿勢には感動さえ覚える。

9代藩主斉昭が井伊大老に蟄居を命ぜられた際には
その冤罪を晴らすため、単身京都へ向かい、
中追放の罰を受けるなどの信念の人でもあったという。

今日はこの黒澤止幾子の「従五位」贈位100周年を記念する
祭典にお邪魔をした。地域の市民の手によって守り続けられ
ている生家(競売の難を乗り越えて)、そして
伝承のための運動など汗を流している方々には頭の下がる思いだ。

しかしながら、このような話が「市民の努力」に依存することで
しか守り伝えられないということは一体どういうことなのか。

水戸の藩校「弘道館」と水戸の哲学的思想と
公と私塾の教育システム。
そしてそれに携わった偉人たちの志。
私たちの地域の最も重要な財産であると認識すべきだ。



この記事をクリップ!

2007年11月21日

政策と政治は分離できない!

20日、21日と
同級生の木本信太郎議員らとともに東京へ。
地方政治行政の勉強会に参加してきた。
年代が一緒なので問題意識も非常に近い。

初日は地方財政の現状を学ぶため、決算カードの
見方を改めて学習。系統立てて見方を学ぶ機会は
これまでなかったので、こういう機会はありがたい。
夕張のデータと水戸のデータを具体的に比較をすると
厳しい状態に改めて気づく。
僕自身の「改革の本丸は補助金」という信念を
裏付ける結果も見ることができた。さらに研究を
重ねてまいりたい。

2日目は議会報告と政務調査費のあり方について。

水戸市議会は現在特別委員会において、政務調査費や
費用弁償などのあり方を検討している。
僕自身は政務調査費の安易な廃止には強い違和感を感じている。

確かに「廃止」は耳障りがよい。

しかし、この春から領収書の全面公開と第三者委員会に
よるチェックを義務付けしたわけで、このタイミングで
「廃止」を言うことは、これまでの使い方を疑わざるをえない。
そもそも毎月税金9万円、何に使ってこられたのだろうか。

きちんと使ってきたという自負があれば
そう簡単に「廃止」はいえないはずなのだ。

大事なことはその使い道を明らかにすることで
本来的な議員の責任である政策活動にしっかりと取り組んでいくことだ。

2,000人を超える市のスタッフと政策的に対抗していくには
少なくない経費が必要であることは明らかだ。

もちろん厳しい財政の中で、どう効率的に経費を使うかという議論は
避けられない状況にあることは当然だが・・・。

その上で、政務調査費の使途を規制することについて
最近はどうもおかしな議論が生じているように思う。
政治活動と政策活動を線引きをし、政治活動には一切政務調査費を
充てるべきではないという議論だ。

具体的には、「議会活動報告」の印刷、配布には使ってはいけない
という指摘だ。でもこれは本当に妥当なんだろうか。

政治家のもっとも大事な仕事のひとつには「伝えること」がある
のだと思う。議会でいまどういう議論が行われていて、自分たちが
どのような考えを持っているのかを明らかにすること。
その上で市民世論を形成し、ブラシュアップし、政策を強化していく。

政策はただそれだけでは何の意味もなく、実現してこそ価値がある。
その政策実現の過程こそが政治活動であるはずだ。私たちは研究者では
ないのだから、運動が伴わなければならないのではないだろうか。
政治と政策はそもそも分離できないのではないだろうか。

何もしないことが本当にいいのか。
特定の企業から資金援助を受けて活動を支えてもらうべきなのか。
金持ちと地盤のあるものしか政治をしてはいけないのか。
若い世代が政治の現場に参加することはいけないことなのか。

おかしなことに使っていることは言語道断。
許されることではない。

しかし、これまでまじめに一生懸命やってきた議員が
萎縮をしてしまって、何もできなくなってしまっている
ことはさらに深刻な問題だ。


この記事をクリップ!

2007年11月18日

逆川に鮭遡上も3年目!

逆川を愛する会の「逆川まつり」。
例年になく青空の下の開催となった。

逆川に鮭が遡上して3年目。
桜川の水をせき止め、備前堀の通年導水を可能としている
「柳堤堰」のラバーダムは、昨年来の議論の末に
鮭の来る時期だけは開放されることになった。
その結果、過去最高の鮭の遡上が見られる。
もはや、もう、迷い込んだのではなく
季節の風物詩として定着しているものと考えてよい。

677d58a3.jpg


備前堀周辺住民、そして農業用水として利用している
農家の皆様のご理解に感謝だ。

秋の鮭の時期のことはもちろん
あわせて、夏に見られるようなアオコ被害などを考えれば
堰(ラバーダム)を使うことなく、通年導水を可能にする手法
すなわち、ポンプアップ等も改めて検討すべき時期が来ている
のではないだろうか。

水戸の街のど真ん中で、多くの野鳥を目にし
鮭が遡上をし産卵をするような自然環境が
残されていることは、本当に誇るべきことだ。

最近のウォーキングブームもあいまって
逆川公園緑地内には多くの市民がその自然を
満喫している。

緑地の中にある「笠原水源」は、湧き水を
楽しむ市民の憩いの場であるが
その湧水を利用した洗車などの迷惑行為に
心を痛めてきた市民も少なくはない。
このことについては、僕も繰り返し議会で改善を
求めてきたが、その結果、まもなく車止めの設置が
される予定となっている。

水戸の街の魅力を再発見できる場所。
そのためにはやるべきことがまだ山積みだ。

この記事をクリップ!

2007年11月14日

頭を使って水戸を売ろう。

産業水道委員会。11月定例の委員会で

水戸市水道部がつくっている「黄門さんの名水」
について質問。水戸の水道水がおいしいことを
市民にPRすることと、観光政策の支援ということで
作っているのだが、規模が中途半端。

そして、せっかく作っているのに活用手法も
中途半端。市が観光事業などで使うときに
無償提供をしているそうなのだが、それはおかしい。
そもそも水道は企業会計で独立しているのだから
市の一般会計とは別の財布なのだ。

こういう関係を整理して、一本いくらなのかという
価格設定を行うべきだ。
そうすることで、観光シーズンの商品として
活用できる可能性がでてくる。行政が自ら
商品価値を放棄してどうする。

観光政策といえば、9月議会で提言した
「徳川御三家都市交流」
「三名園都市交流」の評判がよい。

これまでいくつかの都市と姉妹都市とかいろいろ
やってきたが結局何の効果を生んでいるのかが目に
見えずらい。都市観光流も戦略的に何に生かすのか
というビジョンが大事だ。

最近の観光は海外旅行客もひとつのターゲットだ。
お隣の福島空港は最近、韓国などの観光客が多いという。
ゴルフ、温泉、日光、ディズニーランドの
パッケージだそうだ。

僕の提言している都市交流はそんなところにも通ずる。
「徳川漫遊パッケージ」で武家政治を見せるもよし
「三名園パッケージ」で日本の庭園美を見せるもよし。

同じように名古屋、和歌山の御三家都市や
金沢、岡山の庭園都市に国内観光客誘致の
ターゲットを絞るのも有効なはずだ。
大切なのはターゲットの絞込みだ。

メディアの活用の方策も戦略と投資が必要だ。
これほど発信力が問われている分野はない。
この部分も現在は無策のように見える。

もうひとつ。先週末は「ねんりんぴっく」で多くの
高齢者が水戸を訪れていた。高速のSAにはお土産を
買い求めるおじいちゃんたちが列を作っていた。
この方々こそ、水戸の観光の「上客」まさにターゲットだ。
なんてったって、水戸黄門ファン世代は
時間もある、金もある、そして水戸への憧れがある。
問題は、この週末、全国から集まったこの方々に
水戸の観光はなにができたかということだ。
この人たちに全国の地元に帰ってご家族や、
高齢者クラブや町内会を水戸につれて来たいと
今度は梅祭りの時期に水戸に来ようと
思わせるようなそんな戦略的な動機付けができたか。
少なくともそういう意識はあったか。

観光部門はとにもかくにもかなり高度な戦略が
必要なはず。市長は観光都市を一生懸命唱えているが
「観光都市」は呪文ではない。具体策が必要だ。
平成21年春、千波湖のほとりに新好文茶屋が完成する。
その都市を水戸の観光元年にするべきだと思う。
そのときに何ができるのか頭を使うべきだ。
予行演習は今度の春の梅祭りしかないんだから。

この記事をクリップ!

2007年11月05日

うちの街にはいい物がある?!

最近、まちづくり系の勉強会などに顔を出すと
必ず聞く言葉がある。

「いやぁ、実はうちの街にはいいものが本当はあるんだ。
 それを生かしていないことが問題なんだ」

「これからは観光だ。観光で街を再生するのだ」

そう、きっと、地元の人が
手前味噌的に観ると「イイモノ」はあるんだろう。

でも、みんながみんなそういうことになって
猫も杓子も観光だとなると

何が本物なのかということが見えなくなって

何が価値なのかということに目をつぶり

熱に浮かされるまま、何のリサーチもなく

押し付けがましい観光政策で

やがて莫大な税金の使い道を誤るということも
出てくるのだろうと思う。

地元を愛し、誇りに思う気持ちと
それを外からの視点でしっかりと評価できる冷静な目
その二つが観光政策の重要なスタンスなのだと
つくづく思う。

そんな中、わが地元「水戸」の価値をしっかりと確信できたのは
東京、上野でのことだった。

いま、国立博物館では「大徳川展」なるものが開催されている。

560c9552.jpg

鎌倉時代以来の武家による治世の掉尾を飾る徳川家の時代について、
その成り立ちから終焉までを「将軍の威光」「格式の美」「姫君の
みやび」という3部構成で多角的に紹介している。

尾張、紀伊、水戸の御三家と徳川将軍家の歴史遺産と財宝や
資料を一同に展示したものだが、この迫力には圧巻。

会場も入場制限の20分まち。展示場も押すな押すなで
ゆっくりなんか見られたもんではない。

しかしこの展示には、これほど人をひきつける力があるのだ
ということに鳥肌がたった。

展示されているものには水戸家の所蔵のものもかなり多く
普段はこれらが地元にあるということは感動ものだ。
全国から来ている来館者も、水戸という都市のイメージを
かなり高貴で価値あるものと認識されたものと思う。

何がこんなに、これだけの人をひきつけたのか。
そして観光客が水戸に何を期待しているのか。

そんなことをしっかりと分析しないと
うちの街には本当はいいものがたくさんあるんだけどね
と10年後も20年後も呟いているだけの街に
なってしまう。

いい刺激をもらった。

この記事をクリップ!