2006年02月

2006年02月28日

定年退職。父の勲章。

今月11日に還暦を迎えた父が
今日定年退職をした。

「お父さんどこの大学?」

僕が高校時代を過ごした
わが母校は変な学校で、
こんなことを平気で聞いてくる奴が結構いた。
決まって僕は
「う、うーん」と言葉を濁し
中卒である父をどこかでさげすんできた。

そんなある時、父が僕に言った言葉を
今も鮮明に覚えている。京都の大学へ
進学を決めた僕がアパートを借り、
引越しを手伝ってくれた父と二人で
迎えた夜のこと。

丁度、リストラ自殺の話題が
連日ニュースで流れていたころだった。

「俺は、大丈夫だ。心配するな。
 中卒だから、課長にも、部長にもなれないが
 俺がいなければ機械は動かない。
 大学ぐらい、ちゃんといかしてやる」

小さいころの父の記憶はたくさんあるが
印象深いのは、布団に入りながら、
居眠りしながら、それでも鉛筆を持って
何かのテキストと格闘をしている後姿。

あとになって母に聞いたのだが
あの時期、父は誰にも負けないだけの技術系の
資格を数多く取得したという。
きっとそれらは、昇進も何もない
エンジニアとしての父のプライドで
あったのだろうと思う。
それらの積み重ねが「大丈夫」の言葉に
繋がっている。

そんな父に、今は本当に頭が下がる。 

僕が25歳で茨城に帰ってきて
市議選に挑戦したとき、父の職場で
挨拶をさせてもらったことがある。
そのとき初めて父の作業服姿を目にした。
「これでお前たちを育ててきた」
その言葉が、ジンジンしたことは
つい昨日のことのようだ。

父の会社人生45年は
幸せだったのだろうか。

毎日毎日、油まみれで
昼も夜もなく働いて
食うために働いているのか
働くために食っているのか
分からないような日々だったような
印象がある。

いつもいつも機械を相手に格闘し
いつもいつも冷たい弁当を食べ
若い人が入ってきては
役職では追い抜かれ
いったいどんな45年だったのだろうか。

大きな花束をたくさん抱え
父は家庭に帰ってきた。
細かい字がびっちりと書かれた
職場からの寄せ書き。
送別会にはいつもよりも多くの
後輩の皆さんが参加してくれたという。

「退職したってのに、明日からも
 同じ職場に行くんだから実感がないよなー」
という父。
「川崎さんがいないと機械が動かない」と
上司に諭され、
同じ職場に嘱託で残ることにしたらしい。

これこそが、父の勲章。
45年、一つの職場で勤めあげ
そしてなお、のこって欲しいといってもらえるのだ。

「俺が残ることを良しとしない、
 若い連中もいるだろうけど、
 まだ学んでもらえるものがあるうちは
 がんばるさ。
 で、年寄り扱いされる前にやめる。」

最近どうも、父がかっこよく見えて仕方ない。
僕は、こんな大人になれるのだろうか。

2007年問題。団塊の世代が定年退職し
蓄積された技能が継承されていかないこと
が今、大きな問題になっている。

広い日本には、うちの父のような人がきっと
ごまんといるのだろう。

額に汗をし、60年代、70年代、80年代と
日本の成長を支えてきた
そしてそれぞれの家族を守ってきた
団塊世代に対し僕たちは感謝と畏敬の念を
持っているだろうか。
価値を次の世代へ引き継ぐ準備をしているだろうか。

価値をしっかりと評価をし
真面目で簡素で凛とした
日本人の姿を再認識すること
2007年問題の今、内面の問題として
今一度、考えてみる必要がある。

マネーゲームの横行するこの世の中を
父たちはどのように見ているのだろうか。
きっと
「俺には難しくてわかんねーよ」
って言うんだろうな。

妹の結婚をはさんで
最近家族を考える機会が増えた。
一人暮らしは10年を超えたが
たまに会う両親は、やっぱり
10歳年取ったんだなぁと思う。

親父の還暦・定年は
僕にとっても人生の大きな節目となっている。


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ざくっと一週間。

またまた、前回の書き込みからあいてしまいました。
ほんますんまそん。

22日水曜日
ベンチャー企業を立ち上げようと意気込んでいる
茨城大学の学生とランチミーティング。
頑張って欲しいと思うが・・・まだまだ。
午後からは民主党地方議員政策勉強会。
県予算と危機管理について。
テレビで華やかな?国会と違って
地元の議員たちは地道な努力を重ねています。
夜は玉造議員と打ち合わせ。

23日木曜日。
午前中は文教福祉委員会。定例議会前なので
具体的な質疑はなく、三月議会の議案説明を
執行部から受ける。
午後から議会内で仕事を済ませ、
六時から東京へ。
丸ビルのLOHASバーにて
ソトコトの小黒編集長と。
水戸青年会議所は昨年度からの
懸案事項として
ソトコトとのタイアップというテーマ
があるのだが、当方の方針が定まらず
小黒さんには迷惑をかけてしまっている。
水戸の魅力をしっかりと小黒さんに
伝えられなければ、この企画はポシャる。
根本的な練り直しに迫られている。
行き際、市民の方から
「川崎議員さんはまるで水戸市の営業マンですね」
と励まされる。嬉しい一言だ。

24日金曜日。
本当は、東京での用事も山積みなので
帰ってきたくなかったのだけど
農地法と都市計画法に関る特別委員会が
あったので、夜中のうちに水戸へ戻り
朝から議会へ。
この委員会、すでに最高裁判決などを見ても
農地法違反の疑いは晴れている。それでも
未だ議了せず、挙句の果てに声の大きな
議員たちが「大問題だから、100条委員会
を設置すべきだ」なんていっているのは
大人同士のくだらない喧嘩。そして力関係の
中で引きづられている人々の図。
孫でも議会に連れてこいよ。
恥ずかしくて見せられないだろ!
はぁ、こんなことのために帰ってきたのかと
どっと疲れる。
今、課題になっているのは
政治倫理と行政の内部手続きの問題。
政治倫理については特別委員会でも設けて
議員の口利きを全部つまびらかにする制度を
作ればいい。
「自分のことは置いといて」というようなことを
許さない制度。
内部手続きについては都市建設委員会で
十分対応できるはず。

25日土曜日。
県連の常任幹事会で
水戸市議の先輩の佐藤光雄さんを
県議会議員選挙水戸選挙区の民主党公認候補
とする事を決定。県都初めての議席を
しっかりと取って行きたい。

その後、第9回県連大会。街頭演説。パーティー。
僕自身は常任幹事続投が決定。
民主党も情けないがそれでも二大政党制が
日本の政治を変えるのだという信念を持って
頑張るしかない。いつものことだが
この党は全てを国会で決めてしまい
僕たち地方議員はいつも蚊帳の外。
頭にくるが、そんなこといっていても仕方ない。
そして、もうひとつの問題は
何かあるとすぐに内部で足を引っ張る体質。

幸い、ありがたいことに
マスコミが言うよりも国民の皆さんは冷静なようだ。
問題だ、問題だといって煽っていくやり方は
今に始まったことではないし、それを真に受けて
留守電や携帯、メールに嫌がらせもいっぱい来るけれど
・・・。ワイドショーの時間が多いですかね。
どうなんですかね。

とにかく、自分の事をちゃんとやるしかありませんね。


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2006年02月21日

弱点。

弱点・・・人に知られたくない苦手なこと。
まぁ、人に知られたくないというほどの
ことでもないが
「川崎はこの分野に強いはずだ」と
皆さんが大きな誤解をしている
僕のとっても苦手な分野。

・・・それは実はITなのです。

今日、朝から我が家で光の工事を行いました。
結構時間がかかるんですね、あれ。
午前中がパーになりました。
っていっても一生懸命やってくださった
NTTの皆さん、電柱登ったり、ケーブル通したりと
働く大人の背中でした。
ありがとうございました。

んで、その後。
インターネットの接続の方法が僕には分かりません。
どうしたらよいのですか・・・。

与えられたものを使いこなすのは
得意ですが
システムを構築することは
さっぱり知識がないため分からんのです。

ってか第一
ADSLとかISDNとかフレッツとか
それ自体がなんのこっちゃ分からんのです。

はぁ、
だれか
助けて・・・・。


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2006年02月20日

子どもたちを守るということ

午前中は、3月議会に向けての
文教福祉委員会正副委員長打ち合わせ。
予算絡みのことや、介護保険料の値上げなど
重要な案件が目白押し。

以前、一般質問でも取り上げた
障害者自立支援法の市町村における
「審査会」の設置条例も出てくる。

僕はこの審査会に、全ての障害に関る当事者
特に、施設関係者のみならず在宅支援の関係団体が
参加すること、そして当事者の意見表明の機会を
担保する事を強く求めている。この審査会によって
個人の障害区分、受給できるサービス料が決められる
のだから当然だ。正に、これからが正念場といったところ。

午後からは
水戸市青少年問題協議会。
議会からは僕と江尻さんの二人が委員として参加している。
本当に重要な課題だし、まさに僕自身がいつも訴えている
「高校生、大学生年代、次世代の施策!」については
青少年というこの括りから切り込めるものと考えているのだけれど
いかんせん、この委員会は年に一度程度しか開催されない。
さらに今日は、議長である加藤市長が参加されないなど
ちょっと考え物である。
ありとあらゆる審議会等が「やったフリ」「アリバイ作り」なのではないか
という指摘をせざるを得ないのはこういうところにある。

さて今日のテーマは、子どもの安全について。
昨今の悲しいというよりも本当に怒りしか覚えない
ニュースを見れば喫緊の課題であることは間違いない。
子どもたちに「大人には気をつけるのよ」と言わざるを得ない
今のこの世の中っていったい・・・・。
確実に社会が崩壊しはじめている。

水戸署の資料によると昨年4月から12月の9ヶ月の間に
不審者情報は以下のとおり。
 
【声掛け214件】 最低年齢は4歳
小学生以下の被害が94件
そのうち、下校中が58件と最も多い
また、被害場所は85件が路上。
「一人で帰るの?パトロールしているから
 乗せていってあげる」
「子犬を見かけなかった?」
「○○はどこか教えて」
「お母さんが倒れたから、病院へ行こう」
等々言葉巧みに社内へ連れ込もうとする
手口が多い。

【変質者・痴漢等 348件】
中高生以上に被害が多く見られ、
小学生以下の被害は94件。
下半身露出、抱きつき、さわる、写真撮影など。
午後3時から6時の間の被害が64%。
下校時や遊んでいる間の時間が多い。

まったく、お恥ずかしい大人がこんなにもいるものかと
あきれ返るわけだが
これらの問題に対して、

市の対応として
○公用車によるパトロールの実施
○不審者情報のHP上での公開
○地域の協力のお願い、
  こどもの安全守る家(2153件)

学校の対応として
○下校指導・集団登下校
○危険箇所情報の集約・共有化
○安全マップの作成
○安全指導・訓練
○関係機関・団体との連携
  ・PTA・住みよいまちづくり推進協議会
  ・防犯協会・自警団等
また、各学校などでボランティアによる学区内巡回
やスクールガード活動などに取り組んでいる。  

僕からの指摘は
「こどもの安全守る家」は検証されているのかということ。
昼間、特に下校時の在宅率はどのくらいか
全ての通学路に配置されているのか
そして学校との交流はどのようになされているのか
という三点を指摘した。

つまりは、ただたんに
数を増やせばいいということではないはずだという事を
申し上げさせていただいた。

答弁としては
「通学路に関係なく、できるだけ多く」ということだったが

増やしていくことはもちろん重要だけれど、
通学路上に「守る家」がまったくない地域があったと
するならばそれは問題なのではないか、
きちっと検証するべきだ。
今市市の事件でも指摘をされたこと。

そして
もう一つの課題は、
果たしてこの家がこどもたちが飛び込みやすい
環境にあるのかどうかということ。
看板を出してあったとしても
それはあくまでも他人の家。
普通に考えれば、そこに飛び込むには
それなりの勇気がいる。

通学路ごとにそれぞれの家の整理ができれば
そこから、きめ細かな個別対応に近い
こどもたちと大人の信頼関係の構築ができる
はずだ。

教育長はこれらの指摘について
「いままで、指定のあと放置をしてきてしまった。
 改めたい」と感想を述べられた。

これといった、決定策はない課題。
できることから、丁寧にと思う。
守る家を活用することが大切になる。
形骸化させることがないよう
しっかりとした検証が必要だ。

子どもの安全をめぐっては学校の校門を閉める
閉めないの議論などに象徴されるように
いろいろな見解があると思う。

こどもと大人の信頼関係を損ねないように
十分に配慮をした暖かい政策であるべきだ。
地域の協力
学校の開放
大人が身近にいる社会
顔の見える関係・・・
壊れかけた地域を再生する
一つの重要な転機とも言える。


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2006年02月18日

何をやる<誰がやるの公式。

土日の議員さんは何してるの
議員さんに休みはあるの
なんてことをよく聞かれますが
むしろ土日のほうが忙しかったりするんです。

いろんなイベントからお声はかかるし
平日にはできない、地域のあいさつ回りなんて
のもあります。できるだけいろんなところに顔を出して
いろんなことを学び
現場の温度を肌で感じたいと思っています。
が、
体はひとつ。ごめんなさいのみなさんには
申し訳なく思ってます。
本当はゆっくりと、仲間と酒でも
のみたいのですが・・・。

さて、今日は午後から2つのシンポジウムを
掛け持ちです。

ひとつは中心市街地をはじめとした都市再生に
関するシンポ。茨城大学で開催されました。
特に、京成百貨店さんのような地域の市街地に
昔からある百貨店が、近年の都市の郊外流出に
ついてどのように見ているのか、興味深い内容でした。
よく、郊外への大型商業施設が中心市街地荒廃の
主犯のように言われますが、よく考えれば
県庁のような公共機関や、医療機関、大学等の
郊外流出も大きな要因となっているわけで
商業だけではない、マクロなコンパクトシティの
議論が必要であることを再確認しました。

もうひとつのシンポジウムは
水戸青年会議所主催の
「モダンアート都市宣言」
光とアートをテーマに、観光資源の開発や
地域づくりができないかということで
筑波大学の逢坂先生による産官学連携の
事業の紹介やパネルディスカッションが
繰り広げられた。

この議論の中で注目したのは
水戸のまちづくりの大きな阻害要因について。 
つまりそれは
「水戸の人々は
 そのイベントの内容が何かというよりも
 そのイベントは誰がやっているのか
 誰が中心で動いているのか
 ということに興味がある」
という指摘。
なるほど、そのとおり。

青年会議所だけではなく
水戸市内にはいろんなかたがたが
イベントやさまざまな取り組みを行っている。
みんな思いはひとつ
「水戸をよくする」
ということだ。

でもそれらはばらばらに存在している。
実際に、「あー○○さんがやっているやつね」
なーんていう、なんともお寒いことを言う人も
少なくない。挙句の果てに、それと選挙の票読みまで
絡めてくるちょっと・・・な人もいる。

結構な素材を持っている水戸を
こんな風にしてしまっているのは
明らかに人災だ。

歴史的にも内紛が好きな土地柄ではあるが

何をやる<だれがやる

のこの図式をぶっ壊さない限り
いつまでたっても
足の引っ張り合いを繰り返すのだろう。

本当にこの町に
市民力が育つ土壌があるのか
いささか不安になった。

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